« JA津軽みなみの工藤さん | トップページ | ねぶた・岩木山 母なる景色 »

2007年7月21日 (土)

同級生の鳴海君が部長になっていた

Photo_49 工藤さんと、それからお店の方を担当している菊池さんという人に、お話をたくさん聞いてこれからブログ販売について、工藤さんと今後メールでいろいろやりとりをしましょうということになりました。工藤さんは会議があるというので出かけて行き、私は弟の嫁さんに電話をして迎えにきてもらうことにしました。すぐにお嫁さんが車で来てくれて、一緒に買い物をしているとき、携帯がなりました。さっき戻った工藤さんからでした。
「実は、うちの上司に、今こういう人が来て、こういう企画のお話がありましたと、川野さんにもらった陸奥新報の新聞記事を見せながら報告したら、うちの上司が、『あれ、真理子だじゃ』と言うんですよ。同級生だそうです・・・。」
「えっ~!上司はなんという人ですか。」
「鳴海と言います。部長です。」
「えぇぇっ、鳴海君、上司なんですか、部長になってるんですか!あらら・・・まぁ・・・!」

ということで、すぐにまた迎えに戻ってきてくれて、何十年ぶりに同級生の鳴海君に再会したのでした。お互いに「鳴海君」、「真理子」という年ではないのだけれど、やっぱり鳴海君は同級生の鳴海君なのでした。
もう何年も前に、銀座のライオンでみんなでビールを飲んだとき、国士舘で柔道をやっていた盛くんが、10杯でダウンしたときに、真理子は12杯飲んで平気で、男達はみんなまいってしまったとか、それは何かの間違いでしょう? 記憶まちがってるんでねが? と言いたくなるようなことを言うのでした。あの後、盛は訓練してどんどん強くなったんだ、間違いないってと、(絶対)間違っているに違いない話をするのでした。(笑)
盛は今学校の先生をやっていて、ずっと柔道を通して子ども達を指導しています。子どもたちを連れて、東京に試合に来ているというので、数年前に東京で会ったことがあって、本当に、素晴らしい学校の先生になったと、人として、随分大きくて魅力的な人間になったんだな~と、その時とても感心したのでした。

鳴海君が「工藤としなりさんには会ってるが?」と聞くので、もう何年も会ってないと話すと、

実は、工藤としなりさんは、長いこと、自分の直属の上司だったんだというのです。既に定年退職をされて、今は62歳?とか言ってましたが、工藤としなりさんという人は、彼のところに初めての女の子が生まれた時、産休明けからうちの母が、ずっと、その子の面倒をみたのです。家が近所ということもあって、小学校に入ってからも、ずっと、静香ちゃんは「ただいま~」と、我が家に帰ってくる、家族同様に育った子なのでした。そのことを、ずっと工藤さんご夫婦は、大層世話になったと言ってくださっていて、もう、その子もしっかりお母さんになっているけれど、いやいや、工藤さんが鳴海君の上司だったとは・・・本当に、どこでどう繋がっていることやら。田舎の地縁血縁というのはすごいな~と、二重にびっくりしてしまいました。どこどこの誰それ、というのが、田舎ではとても大切なことです。個人の人格や人間性より、まずはどこの誰か? が重要だということを改めて感じたことでした。

ということで、明け方に目が覚めてしまったので続きを書きました。今日は、夕べ夜行バスに乗った息子が朝到着するので、弟の家族と妹の家族とみ~んな揃って、どっかに行ってきます。そして、夜は、実家のすぐそばに運動の出来るドームがあるので、そこに卓球をしに行こうということになっています。(^^)/

トップに戻る

|

« JA津軽みなみの工藤さん | トップページ | ねぶた・岩木山 母なる景色 »

今日のあれこれ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« JA津軽みなみの工藤さん | トップページ | ねぶた・岩木山 母なる景色 »