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2007年8月26日 (日)

ブログショップを始めた訳1

青森のある商工会女性部で話をしたとき、農家のお母さんが言いました。「農業ではもう食べていけないので、息子に農業を継がせる訳にはいかない。それで、わたしらの代で最後にして、田畑を売って今息子が働いている千葉県に家族全員で移り住もうと思っている。そんな話をばあさんに言うと、ばあさんが行きたくないって泣くんだよ。」と。

3~4年前、地方で講演をするたびに、これからは大きい組織や流通だけを頼るのではなく、地方ほどインターネットを活用して新しい流通を作らないといけないと随分力を込めて話してきました。でも、50や60歳を過ぎた人たちにインターネットの話をしても、わかったから、じゃあ、何からどうやって始めればいいんだと相談されると、遠く東京から私には何の力にもなれないのでした。

1軒、また1軒、農業を辞めて行く人が増え、あの母なる景色にビルが建ってしまうようなことになったら、故郷は一体どうなってしまうのだろう。農業・漁業の人たちはなにで喰っていくのだろうと、そのときから、胸の中に、東京で住んでいる私たちが少しでも故郷に力を貸さないとだめなのだと思うようになっていました。東京という都市で働き過ぎる男にも女にも、“故郷の力”が必要だと思っていました。これが「東京から村おこし」の原点でした。

生産者は生産するだけで、売ることはへたです。ましてや、りんご畑に行きながらインターネットを駆使して売るなんてことは、至難の業だということも、ようくわかってきました。それならば、少しでも代わりに売ってあげればいいんだ・・・。でも、私はネットショップのプロでもないし、それに専念するわけにもいかない・・・。
しかも、キープラネットは10年を迎えて、第2ステージの新しいミッションを定めて、新しい組織づくりと、今後の経営改革もしなければならない。それどころではない・・・という状況で、またしても、そこでぶつかっていました。

それでも、そんなもどかしい想いのまま、東京で津軽の伝承料理を食する会をやってみたり、お祭りでブースをもらって物販に初挑戦してみたり、故郷の青森への想いがだんだん募っていったのでした。

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